「あなたが嫌いです」
　完全な拒絶の言葉を、衆人環視の中で彼女が発した。
　その言葉は槍のように、彼へと深く刺さった。体を貫いた長く細い槍をどうすることもできないで、彼はただ立ち尽くしている。そんな風に思えた。
　茫然自失とする彼を見つめる彼女の瞳には、抑えきれない怒りがあった。彼女は彼に背を向けると、何事かと集まっていた人々を避けようともせずに、歩きだした。慌てた皆が彼女のために道を開ける。
　「待って！」
　私は急いで彼女を追う。憤怒の感情に支配されている彼女を、一人にしておくのは危険だ。走って、追い付いて、手を伸ばす。触れた彼女の背中が、熱いような気さえしてしまう。
　「私、謝らないよ」
　「謝らなくていいよ！　心配なだけ……」
　私の方へと体を向けて、彼女が口を開く。
　「ありがとう。正直、平気じゃない」
　そう言った彼女の表情には、まだ怒りの炎が揺らめいているように見えた。
　赤だ。彼女の言動は、血飛沫が飛び散るように周囲を赤く変えてしまう。
　怖くないといえば嘘になる。けれど私は、この熾烈な赤に惹かれている。
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